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キャラクターの死亡表現における2つのパターン - 創作ど素人考察

Game,Tale > 考察 2015年1月27日(最終更新:2日前)

物語において、キャラクターが死亡する一幕は重要な意味を持ちます。
逆に言えば、重要な意味をもたらせないキャラクターの死亡シーンは避けるべきです。

と、口で言うのは簡単ですが、一体どうすれば価値のある死亡シーンが描けるのか。
どうすると価値の薄いシーンになってしまうのか。

これを考えるために、キャラクターの死亡シーンを2つのパターンで捉てみます。

「大往生」と「あっけな死」

1つめのパターンは「大往生」。
他のキャラクターの考えや人生に大きな影響を与えて死亡します。
これは物語の山場となり、キャラクターに与える影響も好ましいものであることが望まれます。
また、読者(プレイヤー)に感慨・感動を与える「締め」のシーンもこちらに当て嵌まります。
重要キャラクターを死亡させるときには、つい、こちらのパターンを前提にしてしまいがちなのですが、的確な描写が困難なのもこちらのパターンです。

2つめのパターンは「あっけな死」。
その通り、とてもあっけなく死にます。
これはキャラクターや読者(プレイヤー)に「ショック」「恐怖」「絶望感」を与えるためのシーン描写です。
モブで描写すれば楽ですが、重要キャラクターに用いることで日常や安定の崩壊の象徴としても使えますし、読者により強い衝撃を与えることもできます。
「大往生」が苦境や停滞からの突破を担うのに対し、「あっけな死」はここから物語が急落することが期待されます。
有名なのは「マミさん」ですね(゚∀゚)

「あっけな死」で気を付けるべきは、その死亡シーンを簡潔に描写すること。
重要キャラクターでこれをする場合は、主人公にとても近しい人物であったり、主人公より格上の頼れるキャラクターであったりするとより効果的です。
また、死亡後の描写には「大往生」よりも気を遣う必要があります。
残されたキャラクターの心理描写や、立ち直りまでを綿密に描くことが期待されます。

一方、「大往生」に必要なのは「残すもの」と「死亡する理由」です。
重要なキャラクターであるほど「死亡する理由」に重点が置かれ、そうでないほど「残すもの」が重要になります。

「大往生」に必要なもの ①残すもの

「大往生」を考えるとき、まず作るのはこちらだと思います。
「残すもの」のタイプは大きく分けると3つあり、
①契機(決意)
②補填
③物理的
に分けられます。

①契機(決意)については、
この死亡シーンをきっかけにして、重要キャラクターの行動指針が決まる結末です。
例えばTOEのレイスは、主人公リッドと同じ能力を持ちながらも彼より先にそれを目覚めさせ、重大な敵を前にその能力を振るい、しかしそれが不完全であったために死亡しました。
これによってリッドは自分の力を形にすることを決意します。
このように、主人公たちの今後を決定するイベントとして、キャラクターの死亡シーンは有用に働きます。
これは所謂、「背中を見せつける」というもので、死亡するキャラクターは契機となるキャラクターより前を行く人である必要があります。

②補填については、迷い悩んでいたキャラクター、又は欠落した部分のあるキャラクターが、今際のやりとりによってその欠落を埋めるものです。
キャラクターの死亡という大きなショックを味わうことで、そのキャラクターからもたらされたものが強調される効果があります。
死亡するキャラクターは補填されるキャラクターと親しい人物である必要があります。
また、悩みの解決や欠落の補填と同時に、そのキャラクターを失ったという新たな欠落を描く必要があります。
補填において重要なのは、補填されるキャラクターの心理描写を事前から念入りに行うことです。
キャラクターの死亡において「何が補填されたのか」を明らかにする必要があります。

③物理的については、ある意味最も分かり易いものです。
例えば、FF9のビビは、残り僅かな命の中で子どもを残します。
主人公や重要キャラクターを守って命を落とすのもこのパターン。
また、そのシナリオにおいてとても重要なアイテムと引き換えになるパターンもあります。
これらは目に見える「彼らの生きた証」を残すことで、そのキャラクターの存在に意味があったと感慨を生み出します。

この3パターンに嵌まらない場合、「無駄死に感」が生まれます。
「あっけな死」の場合はむしろこの「無駄死に感」を強調したいところですが、「大往生」を演出したいのならば残すものをはっきりとさせるべきでしょう。

「大往生」に必要なもの ②死亡する理由

キャラクターが重要なものである場合、残すものよりもむしろ死亡する理由が重要になります。

「ここでこのキャラが死ぬ必要があったの?」と思わせてしまえば「大往生」は台無しになってしまいます。

重要なキャラクターほど、死亡する理由が書けない「大往生」は厳しいものになります(「あっけな死」なら事故死でも問題ありません)。

例えばTOシリーズでトップクラスの人気キャラ、TODのリオンについて死亡する理由を考えてみます(彼は「あっけな死」寄りですが、状況が分かり易いので)。
「敵に回った組織に所属する人間である」
「敵の総大将の実子である」
「最も大事な人を人質に取られている」
これらの理由から、主人公たちと敵対し、勝利しなければならない状況が窺えます。
が、主人公たちが敗北(死亡)するわけにはいかないですし、人質が取られている以上、主人公たちに感化されてパーティに復帰も厳しいでしょう。
この状況に陥った時点で、彼の死亡はほぼ決定事項となります。

このように、「こういう設定と背後事情があるので、このキャラクターは死亡するのが妥当」という結論が導ける場合のみ、重要キャラクターの死亡シーンは盛り上がるものになります。

当然ですが、このときの「設定」と「背後事情」は長いスパンをかけて語っていく必要があります。死の間際になって「実はこうだったんだ」と説明されても、読者は納得できません。
それくらいなら「あっけな死」として演出しておいて、後からその「死」に意味を持たせていく方が有効でしょう。

「あっけな死」から「大往生」へスライドさせる技法

「大往生」を描きたいけど、キャラクターが死亡する理由を伏線として張っておくことができない。
そういった状況の場合、「あっけな死」から「大往生」へとスライドさせる技法があります。

具体例では、ちとマイナーですがBlack Blood Brothersの陣内部長がまさにそれ。
主人公の育ての親であった彼は、主人公たちの知らないところで戦いに身を投じ、敗れ、命を落とします。
この敗北により、大きな戦いが巻き起こることとなり、主人公らは戦火に身を投じることになります。

戦火の中で主人公は頭角を現し、結果ただの人間でしかない彼女が英雄に仕立て上げられるのですが…、
主人公の能力、意志は、紛れもなく父である陣内の育てたもの。
主人公が力強く生きるほど、そこにかつての英雄たる陣内の幻を見る。
陣内の「残したもの」は、紛れもなく新時代の英雄となった一人娘であった。

というように、キャラクターの死亡後に「①残すもの」が浮き彫りになるパターンです。

このパターンの良いところは、「②死亡する理由」が無くても物語がストレスなく成り立つこと。
最初はいかにも「あっけな死」として描き、読者に一端はマイナスの感情を与え、その後、長いスパンをかけて、彼らが残したものを演出することで、最終的には彼らの死に特別な感慨を遺すことができます。

個人的な所感としては、
「大往生」はそれが物語の主軸になければキツイくらいに必要な描写量が多いと思います。
それこそ、FF9が全体として命の物語を貫き通したからこそ、ビビの最期に涙できるように。

それに比べるとこちらの方が、まだ描写量が少ない。
単純なパターンなら「あっけな死」から持ち直す過程で、「残したもの」が明らかになることで、主人公たちが前向きに立ち直ることができる、くらいの加筆で済みます。

本来、親しい人の死に対してプラスの感情で臨むことなんて難しいのです。
しかし故人を想うとき、思い出は多少美化されて、人はプラスの感情を以て想うのでしょう。

キャラクターが死ぬシーンをプラスの感情で描くのと、キャラクターが死んだ後にそのキャラクターをプラスに描くのとでは、必要なエネルギー量が雲泥の差なのです。

まとめ

大切なのは、「読者とキャラクターにどのような感情を与えたいか」だと思います。
マイナスの感情を与えたいなら「あっけな死」を、プラスの感情を与えたいなら「大往生」が妥当ですが、
「あっけな死」は唐突に、「大往生」は長い時間をかけて死亡シーンを演出する必要があるでしょう。

また、「あっけな死」は死亡シーンの後に、「大往生」は死亡の前に重きを置いた演出・描写が求められます。
「あっけな死」として演出しておいて、後に「大往生」にシフトする方法は有用です。

おまけ 敵を殺す描写について

この項ではリアル系や、戦闘モノでも「100%敵対しているわけじゃないキャラクター」の死亡シーンについて取り上げました。
が、治安の良好でないファンタジー世界や、戦争等を舞台にした物語では、キャラクターが殺し合う場面もあることでしょう。

その場合、重要キャラクターが「殺される」だけでなく、主人公側のキャラクターが敵対キャラクターを「殺す」場面もある…というか、無ければおかしいわけで。
こういった場合では当然ですが、「あっけな死」や「大往生」とは違う死亡シーンが必要になるでしょう。

人を殺すシーンについて、パッと考えられるのは、
・戦争(殺し合い)
・悪を斬る(勧善懲悪)
がオーソドックスだと思います。

他には、何らかの目的を達成するためにその人を斬る必要がある、とか、場合によっては殺すことそのものを目的とするものも考えられるでしょうか。
これらは読者が嫌悪感を抱くため、なるべくなら主人公サイドにはやらせたくない行為です。

それはともかく、「敵対者を殺す」シーンにおいては、殺されたキャラクターが重要人物であろうとモブだろうと、「殺した側」の描写を忘れてはならないと思います。

正常な人間の場合、人殺しの時の感情としては、
・敵を排除した(目的を達成した)達成感
・同族殺しによる嫌悪感
の双方が存在していると思われます。

戦争等で殺し殺されが日常茶飯事になった場合、これに慣れないか、慣れてしまったかの違いがあります。人によって感情の重さも違うでしょう。
目的を再優先に考えるキャラクターなら、殺しをしても表面上の変化は薄いと思われます。
しかし、これらを全く感じないキャラクターがいるとするならば、それは「異常者」に他なりません。

「異常者」がキャラクター一人であるのであれば、そのキャラクターに何らかの問題があります。
「異常者」がパーティの多くを占めるのであれば、個人ではなく社会構造や倫理規範が現実とずれているのかもしれません。

ただし、この「異常」は物語を描くにあたって排除すべき要素ではありません。
キャラクターの異常性は立派な個性であり、社会構造や倫理観のずれは物語の中核を担う要素となり得ます。

他キャラクターを害したそのキャラクターは「普通の人間」なのか、「異常者」なのか。
「殺し」を描く場合は「殺した側」に着目することで、物語に深みが出るのではないかと思います。

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